ラルフローレンの歴史

ラルフローレンは、ブランド名でありデザイナーの名前でもある。
デザイナーであるラルフローレンは、大学中退後ブルックス・ブラザースにネクタイを売り込み、
彼のアイデアである幅広のネクタイが大ヒット。これをきっかけにデザイナーになる。
ラルフローレンは「Polo(ポロ)」を中心としたデザインを展開し、主にネクタイを軸に商品を拡大していく。

1967年にはボー・フランメル社に迎えられ、「ポロ」のブランド名で本格的に高級な手作りネクタイの部門を担当。 翌年の1968年に、メンズ系のウェアを手がける「ポロ・ラルフローレン」社を設立し独立するに至る。1970年メンズウェア部門でコティ賞受賞。この章は当時のアメリカファッション業界で権威あるものであり、ラルフローレンの名を一躍有名にする。

1971年にはレディスウェアを発表。 アメリカン・トラッドに英国調のスタイルを取り入れたいわゆる「アメリカン・ブリティッシュ・モデル」やカントリー調を得意としている。現在ではピンクポニーをはじめとした女性専用デザインは数多く存在し、コレクションラインを筆頭に世界中の女性たちから愛されているラルフローレンであるが、設立から3年間は全く女性の服が存在していなかったのである。

子供服の販売がスタートしたのは1978年から。実に独立から10年後である。 ある日、二人の息子のために買い物に出かけたラルフローレンの妻が帰ってきてこう言った。 「100%コットンの男の子用のシャツが見つからないの」。 販売されているシャツはどれもポリエステル製で、満足できる品質のものではなかった。もちろん、品質だけでなく、デザインとしてもラルフローレン本人は納得がいっていなかったことであろう。そこでラルフローレンは、男の子用の服を作り始めた。彼が作るものは、すべて彼の人生の反映なのである。

その後、ボーイズに加え、ガールズ、ラルフローレンベビー服(インファント及びレイエット)の各製品ラインに拡大されていき、現在に至る。現在では日本だけでも数十店舗を構え、世界中で知らない人はいないくらいの一流ブランドとして成長。ビッグビジネスを手がける大企業へと変貌を遂げたが、始まりはネクタイをデザインした数人の事業でしかなかった。また、独立から50年経たずしてここまでの成長を実現したのは彼のビジネスセンスによるところも大きいのではないだろうか。

ポロシャツの歴史

ラルフローレンの代表的な服と言えば「ポロシャツ」(Polo)。

このポロシャツですが、名前は「ポロ競技」(馬に乗り、T字型のスティックで木製のボールを 相手ゴールに入れる競技)で着られたことに由来します。一般に普及したのは、1920年代後半に「ルネ・ラコステ」というテニスプレイヤーがよりテニスの競技に適した服を開発し、試合で着用したことからと言われています。やはりいつの時代もスーパースターはファッションアイコンとして憧れの的だったことが分かるエピソードですね。

実はこの時点ではまだこのシャツは「ポロシャツ」とは呼ばれておらず、「テニスシャツ」などと呼ばれていました。そして、そのシャツをイギリスのポロ競技者がいち早く取り入れ、「ポロシャツ」という名前が広がっていったのです。現在では協議としてのポロを日本で見ることはほとんど出来ないと思います(私自身一度も見たことがありません)。

ちなみに、テニスプレイヤー「ルネ・ラコステ」は、あの有名ブランド「ラコステ」の創業者です。25歳で現役を退いた4年後にラコステを創業し、現在のブランドが築かれたのです。ココにも一つの伝説があるのではないでしょうか。一流スポーツ選手が若くして引退し、4年間の雌伏を経て創業、事業を瞬く間に成長させていく姿は想像するだにワクワクしてきます。

ちなみにラルフローレンでポロシャツが発売されたのは1972年。ラコステに比べ40年程後のことですが、今やポロシャツと言えばラルフローレンと言えるほど愛されており、ラコステのポロシャツと双璧をなしていると言って差し支えないブランドにまで成長しました。